作品シリーズのタイトル「可塑性のある情景」は、本来、ゆるがないはずの事物が、まるで粘土のように変形し、その形が定着する様を仮想することで、信じ込まれている事への変質を意味する為につけたタイトルです。可塑性とは、柔軟で、汎用性や利便性を持つというプラスの要素として捉えがちですが、一度変形したら元に戻せない。本来の形が無い。どこまでも了解できない性質。という不可逆的な要素にも解釈できる事が、真を突いている様に思えました。風景ではなく、情景としているのは、情緒的な、という意味ではなく、検証や計測など、いくら客観的に捉えたとしても、逃れられないヒューマニティが、現れ出る事態を表したかったからです。  この作品シリーズでは、人間が世界を知覚する際の枠組みを再構築する事で、外界を捉える事への問いを誘発させる事が主題になっています。物事の捉え方には、あえて混乱を避けるため、空気の様な規定があり、その規定を基準にする事で、経験則が生まれ、生活をある意味で平坦化し、安定させていると考えています。「可塑性のある情景」シリーズの作品は、多視点から撮影された写真を元に、立体情報を解析し、シルクスクリーン技法を使って、ゴムシートに印刷されます。最終形態としては オーソドックスな版画作品です。
 立体情報の解析は、プログラムによって実行されるので、表面の色や柄、陰影に左右される事なく、純粋に外形だけを抜き出す事ができます。この行為で、浮かび上がったのは、普段、我々が捉えている視覚情報は、いかに表面に誤摩化されているか、表面情報の影響力。という事実です。あえて、単視眼的に計測結果を提示する事で、物理シュミュレーションの如く、絵空事でありながらも、現実と繋がる怖さが生まれると考えました。 また、この技法は撮影された写真から紡ぎ出されるので、写真の情報が、どの様に解釈されるのか。そこにも、予想を超えた気づきが生まれます。
 そして、その結果はシルクスクリーンという印刷技法によって具現化されます。インクジェットプリンターが普及し、インクの重なりによって画像が生成される。という原理は一般化しました。しかし、シルクスクリーンという印刷技法を用いる事により、作品表面から、インク自体の質感と、インクが表面に置かれた。という行為を意識的に感じ取れます。モニター画面やプリンター出力の表面とは異なる、表面との対峙が生まれます。物質、プロセス、像が同居する表面がそこにはあります。これらは技術的な話しではありません。立体情報の解析やシルクスクリーン技法は、技術を出発点としながらも、鑑賞者によって、その制作過程を逆算することで、メタとして検証できる仕掛けが生まれると感じています。それらが最終的にゴムシートに刷られる事で、黒い平面、という視覚的な役割以上に、硬質な図像と出会う事で、円滑でありながら食い止まる。無機質でありながらゴム臭が会場に充満する。といった「ねじれ」の体験となってゆくのです。

                                                                                            吉岡俊直